大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和53年(ネ)739号 判決 1978年7月18日

控訴人

佐多正規

被控訴人

右代表者

瀬戸山三男

右指定代理人

吉田克己

外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一控訴人は訴外近代製本株式会社(以下、訴外会社と略称)に雇われていたものであるが、昭和四八年一〇月一五日、池袋労働基準監督署の高田労働基準監督官(以下、高田監督官と略称)に対し、訴外会社は控訴人との労働契約において、午後七時から翌午前四時までの夜勤については基本給の四〇%増、夜勤につぐ午前四時以降の夜勤残業については基本給の七〇%増の各割増賃金を支払う旨定めているが、労働基準法三七条所定の午後一〇時から翌午前五時まで労働させた場合に関する深夜手当については定めがなく、現に深夜手当の支払をしておらず、労働基準法違反の事実が存する旨の申告をなしたことは当事者間に争いない。控訴人はさらに右申告とともに控訴人が高田監督官に対し、訴外会社はその就業規則一三条において従業員に対する皆勤手当として基本給の二日分を支給する旨定めていたが、何らの合理的理由もなく、かつ一方的に右規定を定額三〇〇〇円を支給する旨、労働者に不利益に変更し、それを昭和四七年四月一日から実施した、との事実をも申告したと主張するが、これを認めるに足りる証拠はなく、かえつて、<証拠>によると、昭和四八年一〇月一五日の控訴人の高田監督官に対する申告事実は、前記深夜手当の件に限られ、皆勤手当の件は含まれていなかつたことをうかがうことができる。

二ところで控訴人は、前記申告を受けながら高田監督官は適切な措置をとらず、訴外会社が労働基準法違反の事実により控訴人の権利を侵害するという不法行為を幇助した、と主張する。

しかし、もともと高田監督官の右不作為が国家賠償法一条一項の職務行為、民法七一九条二項の幇助行為に当るというには、同監督官が控訴人の申告に対応して何らかの行為をなすべき義務(いわゆる作為義務)を負い、同監督官がこの義務に違反して行為をなさなかつたことを必要とするものであるが、労働基準法一〇四条一項の申告は、労働者の労働基準監督官に対する、事業場に労働基準法違反の事実が存する旨の通告であり、この申告は、監督官の使用者に対する監督権発動の一契機をなすものであつても、監督官に申告に対応する調査などの措置をとるべき職務上の作為義務まで負わせるものではなく、もし申告を受けた監督官の処置、態度に不満な労働者は、その上級監督官庁に申告してその職権の発動を促すことができるにとどまるものである(労働基準法一〇〇条五項参照)。

尤も公務員が法律の明文上、作為義務を負わなくても、一定の作為をなさなければ国民に重大な危険が生ずる可能性があるというような差し迫つた事情下においては、条理上、当該公務員に一定の作為義務を肯定することもありうるが、<証拠>によると、控訴人は労働法規などに可成り通じており、昭和四八年三月八日、高田監督官に対し、訴外会社は平均賃金以下の有給休暇手当を支払つているなどの事実を申告し、同監督官の数次にわたる調査、勧告により、訴外会社より右手当の追加支給を受け、同年八月二三日にも控訴人は高田監督官に対し、訴外会社の控訴人に対する割増賃金の算定、深夜手当、住宅手当、家族手当の支給は誤つている旨を申告し、この件についても高田監督官の調査、勧告により訴外会社から追加支給を受けてその目的を果しており、控訴人のなした同年一〇月一五日の本件申告は高田監督官に対する第三回目のものであることが認められ、この事実及び本件において控訴人が主張する損害の性質、内容を総合すると、昭和四八年一〇月一五日本件申告が前記のような差し迫つた事情下においてなされたものとはいうことはできないから、高田監督官に条理上の作為義務ありとすることは妥当ではない。

三そうすると高田監督官の不作為は国家賠償法一条一項の職務行為にも、民法七一九条二項の幇助行為にも当らないというよりほかないから、控訴人の本訴請求は他の点について検討するまでもなく失当であり、同様理由により本訴請求を棄却した原判決は正当である。

よつて民訴法三八四条、九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(吉岡進 手代木進 上杉晴一郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例